「そ・わ・か」の法則「き・く・あ」の実践を羅針盤とし念を入れて日々是好日

「そ・わ・か」(掃除・笑い・感謝)の法則と「き・く・あ」(競わない・比べない・争わない)の実践にて、毎日が日々是好日です。心豊かな人生を送る物の見方道を極めていきます。

天皇の料理番秋山徳蔵の人生と時代背景

 

 

原作やTVドラマとは少し異なりますが、

実際の秋山徳蔵が歩んだ人生とその時代背景をご紹介します。

 

日本は江戸時代の徳川幕府による長い鎖国政策の為、

国際社会から取り残されていました。

明治維新により誕生した明治政府は、不平等条約を改正しようと

日本を文明国にしようと躍起になり欧米化を進めます。

 

そんな時代に、主人公秋山徳蔵(TVドラマでは秋山篤蔵:佐藤健)は、

福井県の裕福な家庭で次男として生まれたのです。

(※秋山徳蔵の本姓は高森で、秋山は養子先の姓ですが、

TVドラマに合わせてわかりやすく「秋山篤蔵」とします。) 

 

<時代背景>

明治政府による欧米化主義の象徴は、歴史の勉強で誰もが聞いたことのある

外国の要人を接待するために開いた鹿鳴館でした。

しかし、条約改正内容などが判明すると、政府の欧米化主義は民衆の批判を浴び、

推進していた外務大臣井上馨は失脚し、欧化主義のシンボルであった鹿鳴館は、

明治20年にその幕を閉じ、華族会館に払い下げられ、

それ以後は、貴族・家族の社交場となっていくのでした。

その華族会館が秋山篤蔵の修行スタートの場所です。

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秋山篤蔵は、小学生の時は坊主にあこがれお寺に入りますが、

開祖以来の住職の墓を倒し、1年で破門にになり実家に戻されます。

篤蔵は、鯖江36連隊に言った時に、運命の人田辺軍曹と出会い、

ヒレカツを食べさせてもらって西洋料理人を志します。

 

その後、鯖江連隊の田辺軍曹にフランス料理を学ぶために東京行きを進められ

夜逃げ同然で東京に向かいました。

秋山篤蔵は、縁あって華族会館で働けることになりました。

 

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<時代背景>

この頃日本は、日露戦争に勝利し日本国中が戦勝気分に溢れていました。

日本人は欧米諸国に追いついたつもりでしたが、

ヨーロッパではまだ東洋の島国としての認識しかされていませんでした。

篤蔵23歳の時、明治天皇崩御され、大正天皇が即位されます。

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せっかく華族会館で働くことができた篤蔵ですが、

上司の調理人に反抗して、華族会館を飛び出してしまいます。


知人が築地の精養軒を紹介してくれました。

精養軒にはフランスで本場のフランス料理を学んだシェフがいました。

高浜篤蔵もシェフにならってフランス行きを決意します。篤蔵20歳の時でした。

 

パリに渡った篤蔵は、一流ホテル「オテル・マジェスティック」で働くことになり、

2年後には、高級レストラン「キャフェ・ド・パリ」へ移籍します。

その後、ニースにある「ホテル・マジェステック」に移籍します。

次々に料理人としてのキャリアを積んでいく篤蔵は、日本大使館からの要請を受けて

宮内庁の料理人として働くことを薦められ帰国します。

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帰国後、篤蔵は下宿していた秋山家の一人娘俊子と結婚し、

秋山家の養子に入ります。篤蔵24歳のことでした。

その1年後、ついに25歳の若さで

篤蔵は正式に宮内庁大膳寮の司厨長天皇の料理番』に任命されるのです。

 

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<時代背景>

篤蔵38歳の時、大正天皇崩御し、昭和天皇が即位されましたが、

引き続き天皇の料理番」を努めます。

その後53歳の時、日本が真珠湾攻撃を行い第2次世界大戦に突入し、

その4年後日本は、無条件降伏します。
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篤蔵は、GHQの要人を食事に接待し、天皇家を存続させるため奔走します。

周囲から料理外交といわれた篤蔵の努力が身を結び、

サンフラン条約が締結され篤蔵の料理外交も終了したのでした。


その後、「味」「料理のコツ」などの著書を出版し、

              

 昭和47年84歳の時、天皇の料理番」を辞職し引退します。 翌年85歳にて死去。

 

ここ日本において本場仕込みのフランス料理で世界の要人たちもてなし、

あっと驚かせた日本人天皇の料理番秋山徳蔵の人生と時代背景でした。