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「そ・わ・か」の法則「き・く・あ」の実践を羅針盤とし念を入れて日々是好日

「そ・わ・か」(掃除・笑い・感謝)の法則と「き・く・あ」(競わない・比べない・争わない)の実践にて、毎日が日々是好日です。心豊かな人生を送る物の見方道を極めていきます。

現代の若者の流行っている言葉は語尾に「みたいな」をつけることです。

 

 

今朝のあさチュンで特集していましたが、

現代の若者が私用している言葉で最も多いのは、

語尾に「・・・・みたいな」とつけることだそうです。

 

集合時間についても「集合は10時みたいな」と連絡すると

集合時間に遅れる時間が平均で7分くらい増えるそうです。

連絡を受けた方も「少しくらいなら遅れてもいいかな」

という気持ちになるようです。

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どうやら現代の若者気質は、物事をはっきりさせることを嫌う傾向が強いようです。

「・・・・みたいな」と同義語で昔「ファジィ」という言葉がはやりました。

 

昔就職した時に職業柄、年配の人に指示することが必要な職種でした。

そのため先輩から、「いいか悪いか白黒をはっきりつけろ」よく言われました。

自分に自信がないとどうしても語尾があいまいになってしまいます。

「よくわからん」と叱られていました。

社会に出たばかりだったので早く一人前になりたい一心で

はっきりと指示ができるように、一生懸命努力しました。

 

その後営業会社に転職すると、商談や営業においては

「どちらにでもとれる」ような話法も必要だと教えられました。

いわゆるグレーゾーンの表現です。確かに一理ありました。

 

しかし、若い頃身に付いた考え方はなかなか頑固で、

よく同僚や上司とぶつかったものです。

 

夏目漱石の「草枕」という作品に

「智にに働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。

兎角に人の世は住みにくい」と書かれています。納得できる言葉だと思います。

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「・・・・みたいな」という言葉が正しいかどうかはわかりませんが、

もしかすると、兎角住みにくい世の中を生きていくために本能的に生まれた

若者の処世術ではないかと思えるのです。

 

年を重ねてわかったことは、「白黒がはっきりした」言い方も

「どちらにでもとれる言い方」でも、正しいか正しくないのかを判断基準にすると

争いになるということです。

人はそれぞれの価値観を持っているからです。どちらも正しいのだと思います。

 

「正しいか正しくないかでなく、楽しいのか楽しくないのか」を判断基準にすると

争わなくてもよくなると思います。

楽しいことをしているのに争う人は誰もいません。

      

「・・・・みたいな」という言葉のおかげでで、いろいろ考えることができました。