「そ・わ・か」の法則「き・く・あ」の実践を羅針盤とし念を入れて日々是好日

「そ・わ・か」(掃除・笑い・感謝)の法則と「き・く・あ」(競わない・比べない・争わない)の実践にて、毎日が日々是好日です。心豊かな人生を送る物の見方道を極めていきます。

終戦記念日が近くなると太平洋戦争の意味を考えさせられます

今年も8月15日、終戦記念日がやってきました。

安倍首相による戦後70年談話も発表されました。

賛否両論があること思いますが、私も一人の日本人として

終戦記念日の意味を考えてみたいと思います。

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人の死には、二つの死があるといわれています。

一つは肉体の死です。これは誰も免れることはできません。

もう一つの死は、その人を知る人がこの世から全ていなくなってしまうことです。

二つ目の死が本当の死であると考えれば、

空海坂本竜馬は今も生き続けていると言えます。

 

私は10代の後半、この時期になると平和への式典や戦争記念番組が

TVで多く放映されるのを見て、少し冷ややかな気持ちを持っていました。

過ぎ去ったことは忘れて、新しい時代を生きることの方が大切なのでは

と思ったこともありました。

恥ずかしいことですが、戦争や終戦記念日について深く考えた記憶がありません。

 

私の戦争に対する体験は、父親や母親から聞いた戦争の話でした。

父親は海軍に入隊しており、戦艦大和にも乗船したことがありました。

もちろん、大和が出撃する前に下船しています。

 

父親は、戦争賛美ではありませんが、自分が青春時代を過ごした軍隊時代を

否定したくなかったのでしょう「戦争に対する批判」を聞いた覚えがありません。

晩年は、各地の戦友会に参加して当時を懐かしがっていました。

 

勝ち目のない戦争だとか、日本が負けるなどとは信じていなかったようだし、

戦争の深い意味まで考えていた様子はありませんでした。

下級兵であり、当時の教育から何の疑問も抱くことなく

戦争に参加していたという感じです。そんな兵士も多かったのかもしれません。

 

一方母親は、戦時中から戦後にかけての食料難や空襲警報、工場での労働など

戦争の悲惨さをよく寝る前に話をしてくれまました。

 

自分に子どもが生まれて、母親から聞いた戦争の悲惨さを子どもに伝えようと

するのですが、自分の体験したことでなく、伝え聞いたことなので

子どもに話すことができないのです。

 

戦後70年ということは、戦争の話を直接聞くことができるのは

あとわずかの時間しか残されていないということです。

 

戦争で多くの兵隊さんや一般の方々が亡くなっています。

亡くなっていなくても中国残留孤児となった方々もおられます。

戦争によって多くの人々の人生が踏みにじられてしまったのです。

それは、戦勝国であっても同じことが言えると思います。

 

その人々を知る人がいなってしまう、日本のために死ななければならなかった人々が、

本当の死を迎える時が近づいているということです。

 

私たちにできることは、この世界に全ての戦争がなくなるまで、

たとえメデイアからだけでも、戦争のことに思いを馳せることだと思うのです。

例えば、ガダルカナルや硫黄島での戦い、特攻隊、名前も知らない多くの人たちが

私たちのために亡くなったことを、1年に1日でも思い出すことではないでしょうか。

 

終戦記念日には家族で、戦争特別番組を見ること。亡くなった人に思いを馳せること

これなら戦争体験を語ることのできない私たちにも可能です。

そこから、家族で平和について話し合う機会が生まれてくると思います。

 

そして、できるなら戦争の傷跡を残す場所

広島原爆ドームや長崎平和祈念館にも訪れてみたいものです。

 

私は、下記の二か所にぜひ行ってみたいと思います。

長野県上田市の戦没画学生慰霊美術館

www.mugonkan.jp

鹿児島県南九州市

www.chiran-tokkou.jp

 

8月15日終戦記念日の意味を考える一日でした